Thoughts

止まった時間

%E5%A4%A7%E6%A7%8C%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E_resize.jpg2日目の写真洗浄の場所が大槌中学でしたが、この日、活動に向かった私たち3人の誰もがこの場所が初めてでした。車で中学までは問題なく辿り着いたものの、どこで作業しているのかが分かりませんでした。二階だという事は知っていたので、校舎の二階に上がり、一つ一つの教室を覗いて探しまわりました。結局は隣の体育館の二階だったのだが、校舎が当時のまま残っていて、黒板には授業の途中らしきものが書いてあったり、机も椅子もきちんと並べられたままだったり...。本当にあの時を境に時間が止まっているようでした。

そして、ある教室にはピアノが。ピアノ椅子もお行儀良くピアノの前に置かれたまま。中に入ろうとしたら、さすがにこの部屋だけは鍵が掛かっていて、中に入る事は出来ませんでした。

いつか、あのピアノはまた弾かれる事があるのだろうか...。ピアノが何とも寂しそうでした...。

思い出

%E5%A4%A7%E6%A7%8C%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E4%BD%9C%E6%A5%AD%E5%A0%B4_resize.jpg釜石での活動二日目。
NPO団体パレスチナ子どものキャンペーン主催の写真洗浄。こちらは活動場所を点々としていて、今回も場所が大槌町中学校に変わっていました。初めての時は避難所にもなっていた大城山体育館の入り口、そこから廃墟になったパチンコ屋さんに移り、私が11月に行った時には大槌小学校になり、そして今回が大槌町中学校。今回の作業場所は体育館の2階にあり、窓にはちゃんとガラスも入っていて外からの光も入るので、今までの作業場所の中では一番環境は良かったような気がします。(水、電気は通っていないが...。)しかし、アルバムや写真の傷みや腐食は時間と共に進んでいて、カビや砂ボコリが相当ひどく、「マスクは必ず二重にして下さい」との指示がありました。石油ストーブは二つ焚いているが、相当寒いので、換気よりも暖かさを優先にした密室での作業。長期で活動していらっしゃる方は本当に健康への影響が心配...。

%E5%A4%A7%E6%A7%8C%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E4%BD%93%E8%82%B2%E9%A4%A8_resize.jpg担当のMさんとは今回お会いするのが三回目。「また来てくれたんだね。ありがとう。」と迎え入れてくれました。いつ来ても本当に一つ一つの写真を大切に扱っているMさんには頭が下がります。ご自身も被災なさっているので、思い入れが全然違うのだと思います。今回初めての事だったのですが、作業している最中に、Mさんがお知り合いの方の写真を見付けられていて、その方のお話をして下さいました。

それにしても写真はまだまだ膨大な量が残っています。写真洗浄をしながら色々な思いが交錯するのだが、釜石から帰って来てから、この話を友人にしたら「以前に本で読んだんだけど、人が火事や災害等で自分の大切な人やものを全て亡くした時に写真一枚残っているだけで、全然違うらしい。人間にとって思い出の消失というのは本当に辛い事なんだ、って書いてあったよ。」と教えてくれました。

一人でも多くの人が写真を見付けられて、これからもたくさんの良い思い出となる写真を撮れるように、と願うばかりです。

写真右上:写真洗浄の作業場から撮った写真。窓の外にはとてつもない数の潰れてしまった車が並べられている。「つい最近も車の中から骨が出て来た」という話をしていらっしゃいました。

写真左下:体育館に置かれている洗浄前と洗浄後の写真。
ちょっと分かりづらいが奥の方の床がせり上がっている。

冬の釜石

%E9%87%9C%E7%9F%B3%E6%B5%B7_resize.jpg今年は全国的に寒いと思うのだが、この時期の釜石はさすがに寒かった。寒がりで知られている私だが、他の方も相当防寒対策をして来ていました(笑)。
私は化繊が苦手で、ヒートテックのようなハイテクな防寒が出来ないため、綿とウールを7枚(下は4枚!)パンパンに重ね着した上にダウンコートを着たまま作業していたが、他の方でヒートテックを3枚重ね着した上にセーターにコートを着ていた人もいたので、みんな同じように万全の態勢だったよう(笑)。ホカロン50個持って来たという人もいたし。

%E7%A5%88%E3%82%8A%E5%BA%83%E5%A0%B4_resize.jpg今回の活動、一日目は「心のケア」。
仮設住宅の集会室での喫茶スペースを設けての傾聴が目的の活動。
今回は多くの方が来ていらした訳ではなかったが、逆にとても親密な感じで現地の伝統料理や小正月の風習や子供の頃の釜石の話を、一緒に折り紙をしながら色々と聞く事が出来ました。

釜石に着いた時に雪が積もっていないのが意外だったのだが、訊いてみたら、雪が降るのは3月、春の頃だそう。

おばちゃんが「早く春が来て欲しいね〜....。津波を思いだすから嫌だけど....。でもやっぱり春は早く来て欲しいね〜。」と複雑な思いを明るい声で話していました。

言葉の力

今日ラジオを聞いていたら、鎌倉で先日行なわれた福島出身の詩人の朗読会について話していた。詩人のインタビューもあり、震災後、言葉がいかに力を持ち、光を放つものとなり得るかを話していた。私自身もつくづく同感である。言葉が本当に重みを持つようになっているのは、発する方も受け取る方も「人」に対して敏感になっているからのように思う。

12-01-20_09-08_resize.jpg先週また釜石に行ってきました。生徒のレッスンがお休みになり、急遽行ける事になりました。今回行こうと思った大きな理由が「言葉」による後押しでした。

2週間程前から釜石ボランティアベースキャンプのブログでボランティアの数が激減している事が書いてありました。募集を何度も呼びかけていて、ある日のコメントに「身も心も寒いです」と私もお世話になったスタッフのIさんが書いていました。スタッフの中でもとても明るく元気な方だったので、この言葉が本当に心にズンと来てしまいました。すぐにでも行って少しでも力になりたいとは思っても、仕事を放っていく余裕はないので、ボランティアの方が増えるように祈っていました。

その何日か後の日曜日。教会に行くと神父様のお説教が、福島の教会を訪れ、避難していらっしゃる方達の深刻な状況のご報告でした。福島の農家の方が生き甲斐をなくし、本当に悲しい事態を引き起こしている事を聞かされました。「私たち一人一人に何が出来るのか」を考えなければいけない、と。

日曜日の夜に生徒のレッスンが無くなった事が分かり、これだったら短くても数日間だけでも行けるかもしれない、と思ったものの、あまりに急だったので心の準備がなかなか出来ず躊躇していたのだが、最後の一押しが月曜日に。

月曜日にレッスンに行く用意をしながらラジオを聞いていたら「明日は防災とボランティアの日」なんて大々的に特集を組んでいました(笑)。これはもう「行くしかない」と。

無謀ながら、夜遅く仕事から帰って来た後に仙台のボランティアセンターに翌日の火曜日からのボランティア希望のメールを送りました。本来は一週間前に希望を出さないといけないので、ダメ元でしたが、その日もベースキャンプの人数がとても少ないのをブログで見ていたので、少しの希望を持って眠りに着きました。

朝、すぐにメールをチェックしたが、返事は来ていません。
30分毎にチェックしていたのだがやはり何も返信がないので、これはやはり無謀過ぎたと反省し、「正午までにお返事がなければ、今回は諦めてまた次回お願い致します。」と再度メールしました。

一応行けるように何となく荷造りはしたのだが、今回は見送りだな〜と思い、その日に会いたいと云っていた友人に「正午に返事出来る」とメールを送り、呑気にピアノの練習をし始めました。行かないとなると、体の緊張もほぐれて来て、少し気持ちにも余裕が出て来ました。

そして、もうすぐ正午だな〜なんて思っていた11:57に電話が。
仙台サポートセンターからでした。人数がかなり少ないと云う事と、リピーターという事で要望を受け入れて下さいました。

急遽、一時間後に出発する事となりました!何となくの荷造りはやはり何となくに過ぎず、それから走り回って準備しました。忘れ物もいっぱいあったが何とか無事に出発出来ました。

%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E5%BB%BA%E7%89%A9_resize.jpg今回の活動期間は2日だけ、と短かったが本当に行けた事に感謝しています。あまりに急に決まったため、いつも事前にベースキャンプにしている電話も新幹線を降りた新花巻からしました。電話口に出たのは、ブログを書いていたIさん。明るい声で「お待ちしています!」と云って下さり、めちゃくちゃ寒かったにも関わらず、心がホッと温まりました。

今、少し人数が増えているそうですが、またしばらくすると釜石ベースは閑散期に入るそうです。もし体も健康で、少しでもお気持ちがある方がいらっしゃいましたら、ぜひいらして下さい。まだまだ人手は必要だそうです。心のケアが中心の活動です。「カリタスジャパン」のサイトでボランティアを応募しています。

今回は二日だけしか行けず、私がここにいる事は役に立っているのだろうか?とも思ってしまったりもするのだが、現地で云われた言葉にとても救われました。

「微力は無力とは違う」と...。


イギリス気分

最近ブログを書く習慣からすっかり遠のいてしまっていて、なかなか書くのに気力を要するようになってしまった。新年に入る前から、今年は色々と身辺を整理して本当にピアノに集中しようと思い、まずは家の大整理から始まり、自分の生活も随分とシンプル化する事が出来てきたように思う。ホームページも色々と心機一転したいのだが、まだそこまで辿り着いていないので、そこはもう少しお待ち下さい(笑)。

実は昨年の暮れに知り合いの方に去年一年間のコンサート前の精神状態があまり良くなかった事を話したら「努力が足りないんじゃないの?」と云われ、一瞬カチンと来ながらも、よくよく考えてみたら、確かにそうかもしれないと思いだしました。一生懸命にやっている所は一生懸命なのだが、実際に自分が目指しているものに向かっての努力はしていたかと考えてみたら、そこが意外にも抜けていた事に気付きました。なので、今年は「努力の年」にする事にしました。

面白い物で、目標を定めて努力し始めて間もないが、もう既に手応えがあり自分のピアノがみるみる変わっていくのを実感している。今はコンサートがない事を良い事に、デッドラインを気にせずに自分の目指しているものを追求する時間に充てている。休んでいる訳ではないので、次回のコンサートをお楽しみに!

%E4%BF%B3%E5%84%AA%E5%BA%A7_resize.jpgそんな中、昨日俳優座で「カラマーゾフ兄妹」を観に行きました。俳優座は初めてだったのだが、六本木の真ん中に建っている古めかしい建物が不思議な雰囲気を醸し出している。初めてだったので早めに行って場所を確かめようと思ったら、待ち合わせをした友人も早く来ていたので二人で早速中へ。ロビーの奥の方にはイギリス風のパブがあり、フィッシュ・アンド・チップスがイギリスのお酢と共に出て来て何だか本当にイギリスにいるよう。天井も低く、照明も何となく暗い感じがちょっと野暮ったいのだが、とても懐かしい感じですっかりいい気分になってしまいました。

そして、肝心の劇。音楽も演出も演技も素晴らしく、ドストエフスキーもきっと喜んでいたに違いないと思う。ドストエフスキーの素晴らしさがまず伝わって来るのだが、それぞれの人物像がとても分かり易く描かれていて、複雑な心理描写や物語展開が自然にすんなりと入って来ました。

演劇は好きで日本でも若い頃から今では伝説的な野田英樹さんの「夢の遊民社」から始まり、シェークスピアや小劇場での演劇も随分と観て来たが、いつもいつも何か違和感を感じてしまい、感動どころか、共感すら出来ないでいた。なので、日本で自分で切符を買って演劇を観に行く事はしなくなってしまいました。それが、今回初めて劇に入り込めただけでなく、本当に圧倒されました。演技が自然で、音楽やダンスもロシアっぽいのに、それが全く嘘っぽくならずに、こちらが逆に本当にロシアにいるような、そしてこちらもロシア人としてこれを観ているような錯覚に陥りました。

そして、もちろん一番凄いのはドストエフスキー。人間の美しさ、醜さ、全てを見据えて、そして尚も愛すべき人間として描いている所に感動してしまいます。愛すべき人間に描いているからこそ、何だか最後はなぜかとっても悲しくなってしまったのだが。。。でも、一緒だった友人は逆に「希望を持った」と云っていたので本当に人それぞれですね(笑)。

22日までやっているそうなので、ぜひ機会があったら皆様、観にいらして下さい!

%E7%94%B0%E4%B8%AD%E7%BE%8E%E5%A4%AEresize.jpg余談だが、終演後、ロビーに俳優さん達がいらしていて、直接お話する事が出来ました。何と云っても主人公のドミートリー役の田中美央さんに感動してしまったので(というか役に感動しちゃっていたのだが)随分とあれこれと役について話し込んでしまいました。なかなかドストエフスキーについて深く話す機会もないので、このお話もとっても楽しかった。

着いた時のパブから始まり、そして演目の「カラマーゾフ兄妹」、そして最後のドストエフスキーの人物像から見る人間談義。本当に久しぶりに心が大満足した一夜となりました。

ドミートリー役の田中美央さん。→
こんなに優しそうでにこやかだが、劇中では相当荒々しい役所。このギャップにまたまた感動!

2012年

世界中の人達にとって2012年が良い年になりますように。。。
特に日本にとって、笑顔の人が一人でも多く見られる年となりますように。。。

癒されて

今回の釜石行きを考える時に、以前に一緒に作業したMさんにピアノを弾く事が 一つの目的でした。前回「ピアノ弾いたらみんな喜ぶと思うよ」と云われた時になんで弾かなかったんだろう、とつくづく後になって後悔していたのだが、今回、釜石に向かうローカル線に乗っている時に急に理由が分かりました。被災地に入る時の緊張感だけでなく、気持ちも体も急に萎縮する感覚に陥りました。この時に「こんな状態だったらやっぱり弾けなかったのは仕方がなかった」と思いました。

そして、今回は機会があれば弾こうとは決めていたけど、実際の現地にいる感じは音楽、特にクラシック音楽からはまだ遠い気がします。自分も2日目位から自分がピアノを弾く人間だと云う事をすっかり忘れていました。何のジャンルにしても「音楽」そのものが聞こえて来る事がほとんど無かったように思う。

実はリサイタルが終わってからも、目覚めた瞬間から頭の中で前の日に練習いた音楽が鳴っていて、神経が異常に覚醒し過ぎている感があって困っていたが、これは釜石に行っている間に無くなりました。本当に音楽とは無縁の4日間。

%E6%95%99%E4%BC%9A_resize.jpg帰って来た翌朝(前日の真夜中に帰って来たので)に最初に耳にしたのは、友人が10年以上前に作ったCD。以前から「いいな〜」とは思っていたけど、今回はつくづく癒されました。こんなにもピアノの音が心に染み入るか、という感じでした。こんなに感動すると、「今回は弾けなかったけど、録音して送ろう」なんてまた張り切っちゃうんだけど、やはりこれも離れているから感じる事なんだろうな〜と思ったり...。

心に染み入ると云えば、つい先日、出掛ける前にちょっと教会に寄ってお祈りしようと思ったら教会で親しくしているKさんがオルガンの練習をしていました。陽の光がちょうど窓から差し込んでいて、曲も素敵だったのだが、Kさんの弾き方がまたとても優しい感じでとても癒されました。ご挨拶しようかなとも思ったのだが、あまりに素敵な空間だったので、そのままそ〜っと出て来ました。

最近つくづく音楽の素晴らしさに目覚めているような気がする。自分で弾いていてもそうだし、クラシックだけでなくスポーツクラブで運動をしている時のポップス系の軽い音楽にも感動している自分がいる。何だか今頃になって音楽が体の中に完全に入っていっている感じがする。今、ばりばりと練習している訳ではないが、さなぎ状態で音楽的な大きな変化が起きているように思う。

再び釜石へ:Ⅳ

                        大型タンカーのあった場所
%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E5%BE%8C_resize.jpg釜石4日目。

釜石での最終日。釜石での最後の日とあって、どうしても港まで行きたかったので、朝5:30に起床。明るくなって来たのを見計らって6時頃に一人で散歩に出掛けました。

港に行きたかった理由は、釜石ベースキャンプのブログで港に乗り上げていた巨大なタンカーが無くなっている事を知っていたから。6月に釜石に来た時に見ていただけに(7月のブログ参照)、その後、どうなっていたかをぜひ見に行きたいと思っていました。

港近くは瓦礫が無くなっていたり、道路が整備されたりもしているが、やはりまだまだ半壊の建物も多い。ずんずんと歩いていたら、見覚えの無い所に出て来たので、変に思って戻ったら、タンカーのあった所を通り過ぎていました。今では岸壁に大きな窪みが残っているのみでした。

%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%B0%E3%82%8C%E6%9D%B1%E5%8C%97_resize.jpgそれにしても海が美しい。前日に仮設住宅の方と鎌倉の海の話になり、彼が「湘南の海は水が濁っているよね」と云うので、「確かに夏はそうだけど、冬の海はきれいですよ」と切り返したが、この釜石の海の色は深みがあるのに独特の透明感があり、毎回見る度にその美しさに感動してしまう。この海が、と思うと悲しくなったり...。

7時過ぎにベースキャンプに戻り、朝食にまたお昼のおにぎり作り。一連のミーティングとベースキャンプのお掃除。

この日は昨日とは別の仮設住宅での心のケア。ベースキャンプから歩いて5分程のところにある仮設住宅。

午前と午後に1時間半程ずつ戸別訪問をして、他の時間は集会所でのお手伝い。この仮設住宅の方達は元気で明るい方が多く、前日の仮設住宅とは全然雰囲気が違っていた。やはりコミュニティーによって色があるよう。踊りの先生をしていらした方は、お家の中に招きいれて下さり、こたつに入って一緒に一時間近くお話しました。踊りのお話からご家族の話、そして津波の話。本当に人生の縮図を聞くような濃い一時間でした。

お昼はスタッフと地元の方お一人と一緒に。その方の娘さんが作って下さったという美味しいカボチャのコロッケをみんなで頂きました。

%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E4%BB%AE%E8%A8%AD_resize.jpg午後は喫茶スペースでお茶を出したり、手芸のお手伝いをしたり。
そして、午後2:46になるとサイレンが鳴りました。この日は11月11日。月命日でした。それまで賑わっていた集会室も皆で黙祷。一分間が過ぎるとまた皆で賑やかに話し出しましたが、やはり皆涙目でした。中には「今日だったの忘れていたね、お母さん」と云っていらした方もいたし、「このサイレンはいつまで鳴らすのかね」と訊いていた人もいました。色々と複雑な思いが交錯していて、こちらも色々と考えさせられました。

午後4時には集会所の掃除や片付けも終わらせて、ベースキャンプに戻りました。
心のケアチームで最後のミーティング。

その後お世話になった皆さんにご挨拶して、4時半過ぎにベースキャンプを出発。
皆さんがお見送りして下さって、釜石を後にしました。

今回の旅は本当に色々と考えさせられました。メディアでは入って来ない様々な状況や情報を知る事が出来た事だけでも行った意味はあったように思います。
6月に行った時には全体的な一体感みたいなものを感じましたが、今回はとにかく皆さんがそれぞれに個々のペースがあり、個々のニーズがあるのだという事をひしひしと感じました。
物資や食料等は今でも無料で提供される事が多いが、被災者自身からの「もう無料で提供しないで欲しい」という声もあれば、逆にただで提供されるのが当たり前と思われてしまっている状況もあったり、たくさんの企業が仕事を提供出来るように努め、求人するのだが全然人が来ない等々、鎌倉にいれば知る事の出来なかった事を色々と知る事が出来ました。

時の経過と共に3月11日のインパクトは弱くなりがちだけど、今回再び釜石で過ごした時間や思い、新しく出逢った人達によって被災地への思いは風化しないようにしたいと思っています。

再び釜石へ:Ⅲ

釜石3日目。

朝5時に散歩に誘われていたのだが、さすがに前日が睡眠不足だったので、お断りして朝はゆっくりと寝る事にしました。

6:30に起床。
朝食はパンに手作りの林檎ジャム。お昼のおにぎりも作って。

7:45にミーティング、そして8:00から掃除。

この日は仮設住宅での心のケアの活動。
戸別訪問や気をつけるべき点についてのミーティングが8:30から。
仮設住宅での「心のケア」は初めてだったので、私だけその後に個人的な指導もして下さいました。

荷物を一式、バンに積み込み、9:20に出発。

%E5%B9%B3%E7%94%B0%E4%BB%AE%E8%A8%AD_resize.jpgこの日は山間にある仮設住宅。抜けるような青空に山の紅葉が映えて、とても気持ちのいいお天気でした。しかし、寒さも半端なく、喫茶スペースとなる集会所の部屋も床も冷えきっていて相当寒い一日になりそうな予感。。。

集会所は着いてすぐに窓を開け放って、掃除、それからお茶やお菓子の用意、手芸用品やゲーム、おもちゃ等を準備。喫茶スペース「お茶っ子サロン」は10:00〜12:00、13:00〜15:00までだが、10:00前に人が来始めました。お茶っ子サロンを楽しみにしているのが伝わって来ます。

私はSさんと組んで二人で個別訪問。一軒一軒にノックをして皆さんにお声掛けをして皆さんの様子を聞いていきます。

DSCF1786_resize.jpg1時間半程回った後にサロンに戻ると、あんなに寒かった集会所が熱気でムンムン。窓が全部曇っていました。おば樣方が手芸で盛り上がっていて、とっても楽しそう。今回釜石に来て、こんなに楽しそうな顔と声をたくさん見聞きしたのは初めて。とても嬉しくなりました。子供やおじさま方もいらして、本当に賑やかな雰囲気でした。

お昼になると、皆一度家に帰るので、スタッフだけでの静かなお昼。太陽の光がサンサンと入って来て、皆で少しゆったりとした良い時間を過ごせました。

午後になるとまたたくさんの人が集まって来ました。一緒に手芸のお手伝いをしたり、おじさま方にまわり将棋を教えてもらったり、そして、お話をしたり...。和やかながら、やはり皆それぞれに背負わされてしまったものはとてつもなく大きい。

15:00にサロンが終わり、掃除と片付けをしてベースに。
16:00過ぎに「心のケア」チームでのミーティング。気になる事について報告します。

16:45から、ベース全体のミーティング。今日一日の皆様の活動報告を聞いて、そしてグループに別れて分かち合いをしました。

夕食は前日に引続き、うどんと焼売。そして、甘党の私としてはとっても嬉しいあんみつをシスターが作って下さっていました!美味しかったです!

近くの銭湯にお風呂に入りに行って、皆と少しおしゃべりをして、少し遅め(!)の10:30に就寝。

それにしても、この日は初めての仮設住宅での心のケアの活動。集会所での皆さんの賑わいと、集会所にいらっしゃれない方の差の大きさにとてもショックを受けました。ミーティングでも話に上がったのだが、二極化が進んでいて、それをどうするべきかが課題となっています。足が悪いからとか、夫/親の介護があるからとか、そう云う理由で来れない方もいらっしゃれば、やはり人と会いたくない、話したくない、という理由でいらっしゃれない方もいらして、高齢者の多い仮設住宅だっただけに、皆さんの孤立感、孤独感をすごく感じてしまった一日でした。時間が経てば経つ程、人は千差万別で、それぞれのニーズも千差万別なのだと云う事を認識させられました。

再び釜石へ:Ⅱ

                          作業場の大槌小学校
%E4%BD%9C%E6%A5%AD%E5%A0%B4%EF%BC%92_resize.jpg釜石での2日目。

もう少し遅くても良かったようだが、シスターが5:30に「ブレーカーが降りてしまったんだけど、どこにブレーカーがあるのか分からない!」と皆を起こしに来たので、5:30にそのまま起きました。皆はまた寝に戻ってしまったけど...。外は真っ暗だし。前回と違って、朝の時間帯はもう少しのんびりとしている。6:30まで寝ても大丈夫なよう。

前日に皆があまりにも早く寝てしまうので(8:30!!!)一人で食堂に上がって勉強していたのだが、寝床に入ったのは10:00。全然眠れず、時間が早いせいなのか、床で寝袋で寝ているせいなのか、とか色々と考えていたのだが、しばらく経ってから誰かが寝言で「寒い、寒い」と云ったら、他の人が暖房を付けてくれて、暖かくなったら急に眠気が襲って来て寝る事が出来ました。結局寒かったんですね。。。寝言でもない限り、こういう場所ではこういう事は云えないので、内心感謝でした...。

朝食を済ませ、お昼のおにぎりも作って、7:45にミーティング。その日の作業のチェックをして、シスターがお祈りをして皆を送り出して下さいます。

8:00に掃除。これも前回とは違って人数が少ないので、掃除用具も掃除する場所も足りなくなる事はなく、凄いダッシュをする事もなくゆったりとトイレや洗面所の掃除をしました。

%E4%BD%9C%E6%A5%AD%E5%A0%B4%EF%BC%93_resize.jpg9:30に4人で出発。
前回、大槌町の体育館で行なわれていた写真洗浄が場所を移して、大槌町の廃墟となっている小学校で引き続き行なわれているので、そこでの活動でした。実はこちらで作業しているMさんに会うのが今回の一つの大きな目的でした。前回、Mさんと一緒に作業中に私がピアノを弾く話をした時に「この体育館にピアノがあるよ。弾いてくれたら皆喜ぶと思うよ。」と云われたのだが、皆が寝泊まりしている場所で許可なく弾くのも気が引けたし、私も初めての被災地で相当気持ちも不安定だったので、弾くどころではなかった。なので、Mさんとお別れする時に「必ずまた戻って来て、今度はピアノ弾きます」と約束しました。

%E4%BD%9C%E6%A5%AD%E5%A0%B4%EF%BC%91_resize.jpg今回は弾く機会も場所もあるか分からなかったのだが、そういうチャンスがあったら、と思って小品や子供のためのアニメの曲や童謡等を何曲か準備していきました。

久しぶりにお会いしたMさん。相変わらずお元気そうだったが、やはり事態の深刻さを感じさせる言葉が出て来たり、ご自身の心の変化も色々と感じました。
今回は体育館ではなく、津波にやられて、その上火事で焼けた学校の中での作業。窓のガラスもなく、吹きっさらしだったので、ボランティアの一人が、一日掛けて、全ての窓をビニールシートで塞いで下さいました。電気も無い所での作業なので、そこで毎日作業しているMさんは相当大変だろうと思う。。。

お昼はMさんの仮設住宅で。仮設住宅は山間のあちこちに点在していて、Mさんのご自宅は山の奥の奥の方。今まであったコミュニティーみたいなものはつくづくバラバラになってしまったんだろうな〜と実感してしまいました。

この日の作業は10:00〜4:00まで。Mさんは6月の時と変わらず、きちっとこの時間を守って作業していらっしゃいました。作業を一緒にしている間も、人への気遣いや言葉掛けを忘れる事もなく、本当に人間的に素晴らしい人だな〜と思う。

残念ながら、今回もピアノを弾く事は出来なかったが、一応弾くつもりで来た事は伝えられたので、自分としては約束が少し果たせたと思えました。

%E4%BD%9C%E6%A5%AD%E5%A0%B4%EF%BC%94_resize.jpgベースキャンプに帰って来て、ミーティング。夕食は香川からいらしていたボランティアさんの手打ちうどん。その後、いつも行っている銭湯は定休日なので、車で10分程のホテルのお風呂に入りに。神父様を含めて4人で。神父様とお風呂に入りにいくと云う体験はあまり出来ません(笑)。

前日あまり寝れていなかったので、あっという間に10時にころっと寝れました。
朝が早かったので、長く感じた一日でした。
                          作業場の目の前の風景